まさかりの刃にあたる恐山を含む山地とまさかりの柄である
下北丘陵をつなぐ田名部平野。大地の隆起と海水準変動に作
り出されたこの平野は、下北地域の人口の約半数の生活の場
となっており、各種産業が営まれています。
むつ市郊外のなだらかな丘陵地が広がる標高約30mの斗南ヶ
丘は、約12万年前以降に隆起した下北最大の段丘面です。
この「斗南ヶ丘」とは、戊辰戦争で幕府側につき敗れた会津
藩が家名再興のため下北を含む青森県に移り、藩名を斗南
(となみ)藩と改め、町を置く段丘面に名づけた地名です。
開墾・開拓・作付には大変な苦労を伴いましたが、現在では
下北を代表する酪農地帯として、市民や観光客に親しまれて
います。

海成段丘

むつ市郊外のなだらかな丘陵地が広がる
標高約30mの斗南ヶ丘は、約12万年前以
降に隆起した北部海岸で見られる露頭崖
上の段丘面と一致し、下北の段丘面で最
大の面積を誇ります。戊辰戦争で幕府側
につき敗れた会津藩は、明治元年に所領
をすべて没収され、翌年下北を含む青森
県に3万石で家名再興しました。斗南藩
士はここに町を作ろうとしたため、「斗
南ヶ丘」という地名になりました。

酪農

斗南藩の開墾は思うように進みませんで
したが、昭和17年に大規模な開拓が行わ
れ、北海道から入植した酪農家によって
酪農集落が形成されました。当初は恐山
山地の噴火による酸性の火山灰土壌で痩
せていましたが、根気強く堆肥をまき、
とうもろこしなどの作物を植え続けた結
果、現在では下北を代表する酪農地帯と
して、市民や観光客に親しまれています。

田名部川

東通村の朝比奈平が水源で北に流れ、東
通村大字目名付近で南西に向きを変えま
す。むつ市田名部地区を流れ、むつ市港
町地区とむつ市真砂町地区の境界から陸
奥湾に注ぐ二級河川です。地元では昔か
ら「田名部横町の川の水飲めば八十婆様
も若くなる」という言い伝えがあります。
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