陸奥湾に注ぐ川内川の上流部に位置する親不知(おやしらず)
渓谷の急流と断崖絶壁は、古くから人々の往来を阻んできま
した。
そのため、それより上流部に広がる野平(のだい)高原は長
らく未開の地であり、本格的に開拓されたのは戦後のことで
した。
原生林が切り開かれて集落ができあがり、野平高原では農業
が行われるようになりました。ダム建設による離村もありま
したが、現在もカルデラの盆地地形を生かした高原野菜の栽
培や牛の放牧が行われています。

野平カルデラと高原野菜

野平高原は約193万年前の更新世前期
に噴火した、直径約5kmの野平カルデ
ラの内側にあたります。軽石凝灰岩や
溶結凝灰岩が分布する野平高原では、
カルデラ湖の埋積の後に形成された原
生林によって肥沃な腐葉土が作られま
した。冷涼な高原気候、カルデラ地形
による寒暖差に富む盆地性気候に恵ま
れ、大根をはじめとする高原野菜の生
産や肉牛の放牧が盛んに行われてきま
した。

親不知渓谷

急峻な谷地形となっている親不知渓谷
は、長浜層と呼ばれる深海堆積物の付
加体でできています。長浜層は、約2
億4000万年前の生物遺骸が積もり
固まってできたチャートが、約1億7
000万年前に大陸に付加した地層で
す。このチャートが硬かったため深い
谷が形成され、ここを流れる川内川は
流量の多い暴れ川となりました。
治水のためにダムが建設されることと
なり、当時野平に住んでいた人びとは
離村しました。

縫道石山

野平高原から見えるひときわ変わった
形の山が縫道石山(ぬいどういしやま)
です。その山頂には氷期の地衣類の残
存種が生息しています。特にオオウラ
ヒダイワタケの大規模な群落は、日本
では縫道石山だけで発見されており、
「縫道石山・縫道石の特殊植物群落」
として国の天然記念物として指定され
ています。縫道石山の山頂までは登山
道が整備されているため、一般の人々
も登山が可能です。